「まさか・・・ヨハン君の大切な人って・・・男にゃっ!?いや、ルックスで言えば先生としてもド真ん中だけど・・・」

男って・・・オレの事か・・・?

「キミが、ヨハン君の大切な人かにゃ?同性愛はさすがに困るにゃ〜。ヨハン君の芸能生命に傷が付くどころの話じゃないにゃ。NG過ぎるにゃ〜」

眼鏡を上げ下げし、オレをジロジロと見てくる。
この人、何か見当違いな事言ってるけど・・・挨拶くらいはしといた方がいいのかな。
マネージャーって言っているし。
そう思ってソファーから立ち上がると・・・予想以上に高身長な人だった。
これはカイザーと同じくらいかそれ以上だな・・・。

「ん〜・・・?意外と華奢だにゃ〜。まるで女の子みたいにゃ。これで本当に女の子だったら私の好み・・・」

オレを見下ろしながら、マネージャーさんがそう呟く。
こ、好みって・・・。
ていうか、まだオレの性別に気が付かないのか、この人。
軍服を着ている時ならまだしも、私服の時ならもう間違われなくなったと思ったのになぁ。

「こらっ、大徳寺!十代は男じゃないよ!」

ユベルが呆れたようにオレの性別の訂正を入れてきた。
マネージャー、いや、先生って呼ばれてるし先生って呼ぼう。
先生は驚き、糸目を大きく開かせてオレを見てきた。

「にゃっ!?男じゃない・・・男じゃない?」

この人、本気でオレを男だと思い込んでいたのか?
なんか・・・へこむ。
オレはゆっくりと頭を振って、改めて自分の性別を訂正した。

「オレの名前は遊城十代・・・、女です。男っぽいけど・・・胸とかちゃんとあるし・・・」
「そ、それは失礼したにゃ!勘違いしてしまってごめんなさいにゃ〜・・・」
「大徳寺先生ってば、ホントそそっかしいよな。こんな可愛くて綺麗な子が男な訳ないじゃんか」

ヨハンが呆れて、疲れたように先生に話し掛ける。
先生は、しばらく放心したようにオレの前で立ち尽くした。
事務所の稼ぎ頭であるヨハンに悪い虫が付いたと思って、慌てて確認しに来たのだろう。
ヨハンの言う『大切な人』が男だと初見で勘違いしてしまって正常な判断が出来なかったに違いない。
マズイ事を言ってしまった・・・と冷や汗を流して俯いているこの人をオレは怒る気になれない。

「気にしなくていいですよ。慣れてますし・・・」
「ご、ごご、ごめんなさいにゃ・・・。その・・・ところで、ヨハン君とは付き合ってるのかにゃ・・・?」
「そういう関係じゃないです」
「まだ、そうじゃないんだよ、先生」

はっきりと否定の言葉を口にした後、すかさずヨハンが口を挟む。
ヨハンってば・・・もう。

「じゃあ、どういう関係なのにゃ?」
「大徳寺、十代はヨハンの高校からの親友だよ。お友達」

ユベルの奴・・・必要以上に友達を念押ししてるな。
そこまでしないと理解してもらえないのか?
そう思っていたら、にわかにガシッとオレの手を掴んできた。

「だったら好都合だにゃ。えっと・・・?」
「あ、十代です。遊城十代・・・」
「そう!十代くん!キミ、芸能界に興味ないかにゃ?」

・・・え?
先生が興奮気味にオレの手を掴み、芸能人にならないかと誘ってきた。

「中性的で・・・美人。スタイルも良い感じだし、随分と腰も締まってるにゃ〜。しかもあの『宝玉の輝き』、ヨハン・アンデルセンの親友だとあれば大ブレイク間違いなしだにゃ!」
「ちょ、ちょっと・・・!」

先生はオレの肩を抱き込んで腰や顔を撫でてくる。
オレは身を捩り、その手から逃れようとするが叶わない。
くすぐったくて、オレは後ろに仰け反った。
その瞬間・・・

「うわっ!」

突然、腕を引かれ温かいモノに包まれた。
いつの間にオレの後ろに回り込んだのだろうか。
気が付くと、オレはヨハンの胸の中に居た。

「先生・・・、スカウト熱心なのは良いけど、十代が困ってるじゃないか」
「にゃ?」

先生からオレを守るように、ヨハンが全身で包み込んでくる。
突然のヨハンの行動に先生は呆気に取られて、オレを触っていた手もそのままに硬直した。

「そうだよ!いくら十代が男っぽいからって男に対するみたいに無遠慮に触って良いもんじゃない!だいたい初対面なのに失礼だろっ!!」
「にゃ〜・・・」

確かにちょっと困っていたトコロだけど。
先生、悪気なさそうだし、オレがヨハンの仕事を休ませてしまっている。
兄弟で責め立てなくても・・・。

「ヨハン・・・?」

見上げると、少し拗ねた表情のヨハンがいた。

「だって、十代・・・。先生ばっかと楽しそうにしているからさ・・・」
「ホントホント!ボクだってまだ十代と手とか繋いだ事ないのに!」

なんだ・・・なんなんだ二人とも・・・。
ヨハンは少しバツの悪い表情をして、オレから腕を外した。
ヨハンの腕から解放されると、微かに抱き締められた部分が痛む。
思ったよりも強く抱き締められたのか、ヨハンに触れられた部分が熱く感じた。

「はぁ、もういいだろ!ボクはDVDの続きが見たいの!大徳寺も一緒に見ていいから、テーブルから椅子持ってきて自分で用意しな」

ユベルがこの場を仕切る・・・。

「ぁ〜あぁ・・・、あの椅子かにゃ。取って来るにゃー」

勢いに呑まれたのか、先生がテーブルから椅子を運んでソファーの横に用意する。

「あと、大徳寺・・・。ボクの愛しい十代をベッタベタに触った事謝るんだね」
「ごっ、ごめんなさい・・・!悪かったと思っているにゃ〜・・・」
「いえ・・・、仕事に情熱を傾けてるんだと分かったんで・・・。ヨハンも良いマネージャーさんに恵まれて・・・良かったと思います」

もうこの話はいいから終わらせようと、とりあえず社交辞令として当たり障りのない返事をする。
先生はそれが社交辞令だと分かってないのか、オレの言葉に嬉しそうにしていた。

「さ、全員座って。ヨハンはさっきの所まで巻き戻して再生ボタンを押す!早く!」

ユベルに急かされてオレたちは皆でDVDの続きを見る事にした。

「じゃ、お言葉に甘えるにゃ〜」

先生もいそいそと、椅子に腰掛けた。

「さぁ、ヨハン。再生して!」

ユベルの指示でヨハンがDVDの再生ボタンを押した。

「ぎにゃぁあああぁぁぁあぁあああ!」

その夜、先生の叫び声が響き渡った。
最新作の話題のホラー映画をオレたちは楽しく鑑賞して夜を過ごした・・・。













「おはようございますにゃ〜」

昨晩は深夜に訪れた先生を交えて、皆でホラー映画を見て夜を明かした。
最初は虚勢を張っていた先生だったが、ホラー映画が進むにつれて・・・それは剥がれていった。

『その時・・・想像を絶する世にも奇妙な現象が巻き起こる・・・』

「に”ゃぁあぁあぁああああ!」



「わ!」
「うぁっ・・・」
「こ、怖いのにゃ・・・。怖いにゃぁ」


・・・。
・・・・・・。


『女に呼び止められ、振り返り、その女の顔を見ると・・・』

「ふぎゃ〜!!」

!!

「ひゃ!」
「んっんん・・・」
「これはヤバいにゃ・・・。怖過ぎるにゃ〜・・・」


・・・。
・・・・・・。


「もう・・・大徳寺の悲鳴に驚いちゃうんだけど!?」
「相変わらず、先生はホラーに弱いなぁ。あははっ」
「私・・・私・・・今日は帰りたくないにゃ・・・夜道を一人で歩きたく・・・」
「えー・・・」
「まーじぃ・・・」
「こんな映画見て夜中に一人で帰れだなんて・・・意地悪しないで欲しいにゃー!明日の朝食、私が腕によりを掛けて作りますから・・・頼むにゃぁぁ・・・!」
「ぶぅー・・・」
「ふぅ〜ぅ・・・」

DVDを見終えて、しばらく皆で談話に花を咲かせ・・・各々床におちていった。
先生は律義に昨晩の約束を守り、一人早く起きて朝食を作ってくれていた。
ヨハンとユベルは仲良く、まだ夢の中。
オレは何か手伝おうとキッチンの先生に歩み寄った。
ところが既に特にする事もなく、ヨハンとユベルが目覚めるのを待つばかりだった。
昨日はあまり挨拶が出来なかったので、先生に話し掛けてみると先生は嬉しそうに色々と聞きもしない事を答えてくれた。

「・・・って事だったんだにゃ。これには私も驚いたにゃ〜。業界って大変なのにゃ」

先生の話は自慢話の中にも気苦労が感じ取れる。
色々とストレス溜めてそう。
マネージャーって大変そうだ。

「それでね、十代くん・・・先生、今悩んでる事があるんだにゃ〜。聞いてくれるかにゃ、先生の悩み」

悩みか・・・この人、話止まらないしな・・・。
少し聞き飽きてきたけど、どうしよう。



聞く
聞かない